関節リウマチ治る

病気

こんにちは、とももです。

関節リウマチ発症時はこれまで病気知らずの38歳、同い年の主人と大学1年の賢いくせにおちゃめな娘、さらに1歳半の愛らしい娘と共に平凡に暮らしておりました。

関節リウマチについて、数多くの解説と症例がありますが、完治や寛解の詳細についての情報はあまり多くないように感じました。私自身、一生つきまとう病気のように感じ、絶望していた時に誰か一人でも治った!という話を見つけられていたら、もっと希望を持てたとつくづく実感しましたので、この病気に診断されてしまった人や、これから可能性がある人、もしくは大切な家族がこの病気と向き合っておられ、どのようにサポートすべきか悩んでおられる人へ、少しの手助けになればと思います。

今回は私自身の関節リウマチの経験を踏まえ、不治の病とされていた関節リウマチの病気も高額治療なくして治るものであるという実体験を解説していきたいと思います。

関節リウマチの発症から診断まで

関節リウマチほど、症状に個人差のある病気は少ないのではないか、と感じます。そのため、文献にあるような症状がすべてきれいに当てはまるのではないということです。

関節リウマチ診断基準

  • 症状がある関節の数(2カ所以上)
  • リウマトイド因子または抗CCP抗体
  • CRPまたは赤沈値
  • 症状が続いている期間(6週以上)

この4項目から点数を計算し、合計6点以上であれば関節リウマチに診断されるというものです。

私の場合、発症時は右手首→左ひじ→左ひざ→左股関節の部位をわずか3日間隔で転々としました。期間においては2週間足らず。また、ネット記事を検索すればするほど”左右対称に出現する”などのワードも頻発するので、恐らく自分はこの病気に当てはまらないと自己診断し、除外していました。

なぜならそもそも『関節リウマチになんてなりたくない!』と強く思っていたからです。

当時の私の関節リウマチに対するイメージは、

『一生付きまとう病気・不治の病・薬漬け・手指の変形・・・』

というものでした。

しかし、小さな関節から大きな関節に移るにつれて、痛みの激しさもどんどん増して行きます。最終的に股関節に痛みが出現した時には、寝た状態でどんな体勢にしても痛みが落ち着かず、自ずとうなり声がこぼれ、起き上がるためには叫び声が必要です。激しく痛むため、立ち上がれず、両腕を使って床を這い、かろうじて布団から5歩の位置にあるダイニングチェアーにしがみついたのは、動き始めてまさに30分後のことでした。

他の患者さんと共有してないので定かではありませんが、手指などの小さい関節よりも、ひざや肩、股関節などの比較的大きな関節の方が圧倒的に激しく痛むというのが私見です。

診察

さすがに病院が必要です。これまで何科を受診すべきか迷っていましたが、まずは整形外科を受診しました。しかし、頭の隅にはリウマチの単語もあったため、専門の開業医ではなく、総合病院を選択しました。

当時2022年。世間はまだまだコロナ渦で37.5度の微熱によりCPR検査も実施しました。(関節リウマチでは微熱の症状もありますね)

レントゲン検査や診察を受けましたが結果は『異状なし

当然ですね。痛みの部位が移ってしまえば、歩行で引きずっていたひざも運動機能が失われいたはずなのに、全くの健康状態に戻るわけですから、骨折や打撲・神経系の異常が見つかるわけがありません。しかし、鎮痛剤の処方は大きな収穫でした。症状の重さから鎮痛作用の強いお薬を頂いたのですが、効果が大きく、鎮痛剤が効いている間は歩行困難がスムーズに歩けるほどに回復しました。

リウマチ膠原病専門医

鎮痛剤で抑えているからといって、単なるまやかしに過ぎず、股関節から肩へと痛みが移りました。ようやく、根本的に向き合わなければならないと思い、消去法という意味合いでリウマチ科に受診することとしました。

リウマチ検査を調べていくと、整形外科と内科、どちらでも診察可能であることがわかりました。私は地域で最も大きな大学病院のドクターが週に1度診察に来る開業医を見つけたので、内科系に行きました。

後々、病気と向き合う中で、手指のこわばりや、出現部位によっては周辺の筋組織が固くなったりするので、マッサージをすると楽になりました。その観点では、理学療法士が所属する整形外科ではマッサージやその他のケアや治療が可能なため、そちらに受診するのもいいかもしれません。

問診の末、血液検査を実施します。問診では出現部位の機能状態や可動域を診察し、痛みの程度を診て頂きました。痛みの感じ方もまた個人差がありますので、口頭や見掛けではどんなに痛むのか、他人との共有は難しいと思います。

なぜなら、私は2度の自然分娩を経験していた上に、痛みに強い体質でもあったため、出産時はドラマのシーンにあるような叫びながら、唸りながら・・・なんて劇的なものではなく、終始無言で赤ちゃんの誕生を迎えました。なので、陣痛に比べればまだ我慢できる!と。(後々、比較対象が間違っているとドクターに叱られました)

つまり、痛みに対する対処法も人によって様々であり、表現できる人もいれば、静かに耐えられる人もいます。しかしやはり、あなたを大切に想う周囲の人を思えば、周りの人も理解したいと望んでいますので、積極的に表現することが望ましいと言えます。

そうすると誰よりも、あなた自身が落ち着き、穏やかに癒されます。

関節の炎症による痛みというのは、とてつもなく強く激しく、拷問のようなイメージです。何度も精神が崩壊するような状態を経験しました。まさに気が狂いそうになる、といった感じで我慢や制御などのコントロールは一切不可能です。肩が痛めば腕を切り落として欲しいと願うようになり、股関節が痛めば『この痛みから解放されるなら足は要らない』と本気で思うようになります。それほどの強い痛みに向き合うことはまさに闘うことと同じです。

そんな痛みから救ってくれる鎮痛剤については、過去の発見者・開発者の偉人たちにこれほど感謝と尊敬を抱いたことはありません。痛み始めに服用することが大切で、徐々に大きくなる痛みが最大に振り切ってしまうと最強の味方も援護が難しいようで、効果が出るまで1時間かかるなど、ツラい時間が増えますので、常に鎮痛剤は持ち歩き、すぐに服用できる状態を整えておくことが望ましいですね。

そしてこの鎮痛剤は最強の味方ですが、最大の味方はまさに家族や周囲の人たちです。

身の回りのお世話や家事など物理的なサポートはもちろんのことですが、病気や痛みと闘う自分を理解し、気遣ってくれて、言葉をかけてくれて、精神的に支えてくれることが不思議と緩和に繋がります。だからこそ、我慢するよりも伝えることで頼ってほしいと思います。

話を戻しますと、外側の症状に加え、内側の状態を知る血液検査では、炎症がどの程度起きているかを表す『CRP』の数値を調べます。この時初めて自分の痛みがハッキリと数値化されたことを知り、またその数値を見て『相当に痛かったでしょう』と言ったドクターの言葉は忘れられません。

発症してからの継続期間や左右対称の痛み、本来ならば短期間で大きな関節へ痛みが移らないことなど、関節リウマチの典型的な症例に該当しないものの、関節症状と血液検査の数値に明らかに表れていることを踏まえ、正式に関節リウマチの診断となりました。

治療薬と治療法

関節リウマチの診断を受け、大学病院のリウマチ膠原病内科へ転院となりました。ステロイドと鎮痛剤を大量に処方され、お薬でコントロールしながら、2週間に1度の検査通院をし、血液検査の数値で病気の状態を見ていきます。

当初は数値に変動はなく、横ばい状態で日常生活に支障をきたすばかりでした。鎮痛剤を服用しても、あるものが全くなかったことにはならず、多少の痛みは残ったままなので、足に出現すれば引きずりながら歩き、ひじや肩、手首に出現すれば料理で包丁を握ることもできません。

するとドクターから治療計画を提示いただきました。発症して出来るだけ早く治療に取り組むと予後の悪化が防げるというのです。まさに手指の関節が変形し、動かなくなる状態を避けることです。近年では成功例が多くあるため、治療の効果にも期待できそうです。その治療法は今後1年間、月に一度注射を打つのですが、これがなんと1回につき4万円!その他、診察料やお薬代を合わせれば最低でも5万円は必要です。私自身、病気のために実務が担えず、仕事は辞めてしまったために旦那さんだけの収入しかない状態で、更に我が家は金持ちではございません!!

しかし、一生治る見込みのない病気の上に、ネット記事を探しても、たくさんの人に聞き回ってみても、リウマチが治った!という話はどこにもありません。下の娘はまだ1歳半という幼さを思うと、これから1年間、どうにか出来る仕事を見つけて治療に集中しようと考えました。

病気が治るまでの2つ

ドクターに次回の診察から注射による治療を進めてほしいとお願いし、4週間後に診療予約をしました。

『さて、なにか出来ることはないか?』

私は以前から、なにか物事が起こる時は何かしらの”理由”がある、と考えるタイプです。また、それが起きた”原因”もあると考えます。さらにはスピリチュアル的な要素も受け入れております。

まずは身体に起きていることが科学的に証明されましたが、なぜ病気になる必要があったのか?と考えるようになり、病気にまつわる文献をあらゆるジャンルから読み漁りました。簡単に答えが出るものではありませんが、一つ確たることは『病気は身体の悲鳴であり、SOSである』ということ。

自分自身を客観的に見ることは容易ではありません。自分のどんな考えと行動が、自分自身を追い詰めているのか?・・・なかなか想像できません。

そこで、関節リウマチという病気の理解を深めていくと、自分自身の免疫が関節を異物と見なし、攻撃しているというではありませんか!!

”自分自身を攻撃している”にヒントを得て、何日も何日も考えているうちに『自己犠牲の精神』に辿り着きました。他にもたくさんのワードがありましたが、どうも気になって仕方がなかったのです。

考えてみれば、何か嫌なことや納得いかないことがあっても『人と争うくらいなら黙っていた方がいい』と思います。どんなに疲れていても、やるべき事がある時『人に頼んで嫌な顔をされるくらいなら、自分で済ませてしまった方がいい』と思います。常日頃『私が我慢していれば、私が頑張っていれば、平和で丸く収まるんでしょ』と思います。

まずはそこから始めました。これが一つ目です。

①自己犠牲とは何か?

日本の国民性として、多くの方々が知らないうちに、善い行いとして習慣的に身に付けてしまっている行動ではないでしょうか。他人を思いやり、気遣い、役に立とうとする想いが繰り返し繰り返し行動に繋がる利他の精神ですが、これが過ぎると自己犠牲となります。

誰かのために、その行動・仕事・作業を終えた時に、疲れたり、気分が優れない場合は紛れもなくそれが自己犠牲です。

この思考と行動の癖を直すために頼ること甘えることを繰り返しました。病気になって、気が狂う程の激痛を感じる間も、痛みをこらえながら家事や育児を行っていましたが、旦那さんや娘に頼るようにしました。

40年余りを同じ精神の下に生きてきたので、そう簡単には性格は修正できませんでしたが、また悪い癖が出ると病気があたかも教えてくれるかのように関節が少し痛むようになり、逆に自己犠牲を遠ざけている間には痛みが落ち着き、この頃には病気にも意思があって、身体を通して教えてくれているんじゃないか、と愛着まで湧くようになりました。

この病気に関わる方々でしたら、我慢や自己犠牲といったところに少なからず思い当たるところはありませんでしょうか。

②祈りと感謝

二つ目は『祈りと感謝』です。大変シンプルです。

毎晩祈りながら眠り、翌朝感謝しながら目覚めていました。こうような行為に賛否は数多くありますが、疑問すら浮かばないまま、本気でひたすらに毎日行っていました。

夜『明日もどこも痛みませんように。この小さな赤ちゃんをまだ両手で抱きしめていたいのです

朝『今朝もどこも痛くありません。願いを聞き入れてくださって、ありがとうございます

原始的にも思えますが、当時は何にでもすがる想いで本気でした。この2つを1ヶ月間、徹底的に行った結果、次の診察で血液検査の結果を見たドクターが『痛くないでしょ?何をしたんですか?』と、おっしゃりました。『自分自身と向き合い、祈りと感謝を続けました』と言うと、ドクターは『病気というのは本当に運命的で神秘的でもあって、何の病気になるか、どこの病院に行くか、どの医師と会うのか、これもまた運命です』と続けました。

それから1年が経過しますが、関節の痛みは一度も出現しておりません。ただ、両手の関節には痛みはないものの、腫れた赤みだけは残ったままになっており、目にする度にまた自己犠牲をしていないか?と振り返る機会を与えられているように思います。

関節リウマチと向き合うあなたへ

毎朝のこわばりや日中の痛み、夜間の寝苦しさや薬の副作用に非常に大変な想いをしておられることと存じます。痛みは本人にしか分からない、と言いますが、どうか我慢などはせずに周りの人たちに伝えて、分かち合って、頼って、甘えてみて下さい。

病気は頑張り過ぎた結果だと心得ます。誰に責められるようなものでもなく、立派な行いの延長であり、より良い自分になるための過程であると思います。この経験が少しでもお気持ちが軽くなるものでしたら幸いです。

大切な人が関節リウマチに苦しんでいるあなたへ

とんでもない痛みと、これまで簡単に出来ていたことが出来なくなって苦しんでいる大切な人を前に、何もしてあげられないと無力感を味わうことも多いかと存じます。

『大丈夫?』と訊ねると決まって毎回『大丈夫』と答えますが、関心を示してもらえたこと、心配してもらっていることに心が温かくなります。自分でさすっても気持ち良くありませんが、あなたがさすってくれると気持ちが良くて、痛みも小さくなります。温めると楽になります。『痛いよね?』と理解してくれるだけで嬉しくなります。鎮痛剤とお水を差し出してくれるだけで神様に見えます。

周りの人の支えによって、感情が穏やかに落ち着くと、不思議と痛みも小さくなっていきます。頑張り過ぎてなお、苦しい想いをしている大切な人です。優しく寄り添ってくれると喜びます。でも絶対、今度はあなたが頑張り過ぎないようにしてください。

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